みろく六六六の神さまからのお示し

令和2年8月2日のお示し
六六六 みろくの神 神ののぞむ 末広がりの大転換 夜に教えが広まる思う人の恨み人の妬み心の奥底に沈む魂の叫びを救うものなし、ここに六六六 みろくの神が顕現し、光なき暗闇にさまよう民を救う


令和2年7月31日のお示し
六六六 みろくの神 神の導き方間がために道を遠投するものは今神の導きがあるのであると信じることがまず必要である。常に神の無限の知恵と一体であることを信じなければならないのである。それは自らが神の子であると言う自覚であり、神と共に望んでいることに対処する前向きの姿勢を確認するところにある。神の知恵に導かれるとき自分の我われの心でなくなっていってものが知らず知らずのうちに都合の良い方へと運ばれていくものである。神の英知と一体感を強めるのにはやはり練習が必要なのである。そして周りの悩める者と共に祈り合わせを実践していくことが心に神をむかえ、心に神の姿を唱えることが1番のガソリンとなるのである。

令和2年7月29日のお示し
六六六 みろくの神 六のつく日は運びらきの日 いのるものたちはこぞっていのりあわせにつどうべし、神世界を皆で知る 悩みを持つもの 今ぞ転換 昼夜転換 天地転換 180度の舵取り転換 陰陽 表裏 神の力 自ら神の子であり 救世主 みづのみたまはまもりみちびきの神業である。

令和2年7月28日のお示し
六六六 みろくの神 不安恐怖と言うものは何であろう。本来ないものはあると思うことそれが迷いである。本来ないものあると思い違いする事はわれわれは神の子であって神の作りたもうた善、美、真であると言うことを否定しているのと同じである。もっと言うなら私たちは神であり神の子であるのだから神と一体感がないと言うのは全く以ておかしいわけでそこに迷いは存在しない。迷いがあるならばそれは神を信じないと言うことからくる迷いなのである。目覚めよ、目覚めて自分自身の一切のものに感謝すべきである。そこから神への道は開ける。周りのものは全て神の子である私たちの味方するであろう、その意味で我々の祈り合わせは効果があるのである。 きづいているであろう 祈り手皆のいのちあわせの意味であり、真剣な呪咀である

令和2年7月27日のお示し
六六六 みろくの神 病の中で苦しむ者もいるだろう、しかし、潜在意識の中に蓄積された病的な概念を一掃しなければいけない。私は病気だと言うマイナスの考えを捨て去るべきである。まず精神統一を必要とするのである。精神統一により現在の動揺や悩み事の原因となる悪い意識が静まり人間、神の子が持っている潜在的な意識が表に起き上がるのである。それに対して良き暗示は幼い時から現在に至るまで悪しき暗示を受けてきたものを駆逐して清めてしまうことができるのである。今までの悪しき暗示が今現在の病を引き起こしているのである。神の前に体を清めるべきである。それは神の光によって可能である。今、神はすぐそばにいる、私たち神の子生まれ育てた父なる神である。悩み事を捨てよ 迷いを捨てよ 
神は目の前におられるのである

令和2年7月26日のお示し
六六六 みろくの神 知らず知らずのうちに自分が神の子だということにより、うぬぼれ、威張るようになり、ヒト本来の美徳と言うものが忘れがちになるものである。神修行というレールの上を走る蒸気機関車のごとく、その運転方法に誤りがあるならば、その蒸気機関車は安全に目的地に向かって到達する事はできないのである、これ祈り合わせの目標とするところがまったく同じである、同様に我々の心の世界においても言えるのである、我々の心を正常化し、しっかりと神の方に振り向かせておかなければならないのである。それは今である。即実行のみ神は答えをくれる


令和2年7月25日のお示し
六六六 みろくの神 人生の法則とは自分の幸せばかりを思うだけでは足りないのである。それだけでは現実のものとして受け入れることができないのである。時として自己目的の達成のために自分自身の体の中にある光が成長しない場合があり、目的を達し得ないのは自分のエゴイズムや利己的な要素が他のものに悪い影響与えるからである。それは神だけを祈る生活では無いからである。なぜに僧侶や神主、教祖といわれる方々が最高の幸せを得ているだろうか?もう一度考えて新しい道を選ぶべきである。超越的な絶対神を道を選ぶべきである。それはあなた自身の決断のように見えるが、あなたの先祖とあなたの土地の神とあなた自身の心の中の光によって判断されるのである。だからこそ失敗は後悔してはいけないのである。自らが悪なのである。だからキリスト教は原罪を認めることを求む、しかし私たちはともかくも神を信じろと私は言っているのだ。

令和2年7月24日のお示し
我々があらゆることを成すために最も必要なものは自信力である。この自信力は相当の修行の後でなければ得られないのである。人生で生きていく中でその自信が養われると言うのは人生が修行であるからである。すべてのことに成功せんとするものには万能の自信力をえなければならない。またそれを強化するとためには神への祈りを怠ってはいけないと同時に私たちは日々修行の毎日を送らなければいけない。これひとえに祈り合わせの目標なり
いまいちど自らの胸に聞くべきである。

令和2年7月23日のお示し
六六六 みろくの神 人間の体の中にある臓器を心配することがあるかもしれない。人間の体の中の臓器をお風呂に働かせる事は神の望むことである。お祈りの中で肝臓や心臓をいたわる言葉をかけることが大切である。そして痛みある場合は神の子であるが故に今一度活性化して目覚めることをお祈りするのである。そして神に感謝するのである。自分の体の中に神様のエキスを充満させるのである。それは私たち祈り合わせをする者のみの特権である。

令和2年7月22日のお示し
六六六 みろくの神 反感を持つとそう簡単にそれを善の方向へ処理する事は難しいことである。たとえ神の力を持ってもそれを成す事は大変難しい。この世は三界であり、三界は唯心所現であるからこれらが反感を持てば、相手もまた自分に対して反感を持つと言うことになる、反感を持つと言う事は相手と自分とが一体であると言うことをおろそかになっている場合である。自分が神の子だと言うことを忘れている時である。自分が神の子であって相手が神の子でないと言う事は無い。全てが造りたもうた一元の世界であることを明示せねばならない全ての者の親は神なのであるから一切のものは神の子であり兄弟同士なのであるこのことをくれぐれも神の子は忘れてはならないこれ古より伝わる古代のお示しになる



令和2年7月21日のお示し
六六六 みろくの神 現在、自分にとって何をなすべきかということが、常にわかっているならば、そしてその言葉に従うならばわれわれはこの現象世界に生命を受けている以上は神の子である証あかし に従いて、成功間違いなしである。われわれは目の見えない囚人のような状態にあるのが現在の生活なのである。だから我々の手を引いてくれる父なる神を求めなければならないのである。われわれは父なる神の手に導かれたならば暗闇の中で転倒する事はありえない。そこにはただ平安と祈り合わせの目標成就が存在するのである

令和2年7月20日のお示し
六六六 みろくの神 今の職場や今の家庭環境に不安と言う不調和を感じる時。朝の草木を見るが良い。人に言われることなく素晴らしく良好に育っているではないか。今の場を思いっきり自分の力を出し尽くし生きるときに自分の運勢は転換する。やることをまずやるべきである。神の子に敵前逃亡は通用しない。戦って戦ってそして父なる神は私たちに助けの船を与える。この場所では私は成長することが難しいと神が判断するのである。それは神の力であり、あなたを現代にまで血筋を耐えることなく生きながらえさせてくれたご先祖様の力である。ここに先祖への感謝の大切さを感じざるを得ないのである。大きな味方であるご先祖さまは宗派によらず、いま天国にいなくても、地獄の苦しみを受けながらでも、子孫を守っているのだ。心霊現象で背後の霊の姿を見ることがある。わがことに関係あることにきづけ、それは知らせなり、こわがることなかれ、神はそこまでやるものぞ

令和2年7月19日のお示し
六六六 みろくの神 時に人は難題に立ち向かわなければいけない。問題を聖なる神の御手に委ねなければ問題は解決しないことがある。それは神の子である我々の特権である。無限の知恵と愛と思って上は問題解決へ導くことだろう。必ず良くなるよりほか、仕方ないのである。私たちの神様はすべての方法と手段を持っているいかにその力を使うかは私たちが神を信じるかどうかにかかっている。みんなわかっているはずだ。しかしその力を使いきっていない

令和2年7月18日のお示し
六六六 みろくの神 時に神の子でやろうと思う行き詰まるようなことを感じることがあるかもしれない。悩みに苦しむことがあるかもしれない。しかしこれは幻想である。神のこの世界にはこれはない。神神が足りないからである。自分自身の心と神様との波長が合わないただそれだけである。心の安定と絶対神との調和を自分自身修行を通じて得ることが必要である。時に意識せよ、神は全てであって神は調和であることを実感しなければならない。神は完全であるから不調和のもとで行き詰まる事は本当の姿ではない。よく聞くべきである行き詰まりにより自らを縛り付ける事はなかれ、神の子は自由なのである

令和2年7月17日のお示し
六六六 みろくの神 ときにわれわれは神の絶大なる力を疑ってはいないだろうか。神の力は無限力であり、われわれは神の子である実体から逃げてはいないか、完全円満絶対健康は三位一体の六六六のみろくの神により、信じることにのみ道びらきがおこなわれるのである

令和2年7月16日のお示し
六六六 みろくの神 私は神の子であるゆえに立腹するような愚かな自分自身になってはいけない。あなたは神の子であるならば愛に満たされ寛大で包容力が大きくて何者も許すのである。イエス・キリストが話したようにたやすく私たちはそれを行うことができる。絶対的な神は私たちの全ての罪を許したも如く我らも周りの神の子でない人たちに対しても許しを与えなければいけない。それは不条理に思うかもしれないしかしそれは長い目で長い将来自分自身に神は恵みを与えるであろう

令和2年7月15日のお示し
六六六 みろくの神 消極的な考え方は打破しなければいけない自分の心の中に自分はダメだとか自分はまだ若いとか能力が足りないとか自分を責めることがあってはいけない悲観的になってはいけない消極的になってはいけないのである。このような考え方が生まれるのは自分は神の子だと言う自覚のなさと実現する絶対神と自分自身との一体感が全くないことから現れているのである。神を身近に感じ、神の子と言う信念をもう一度強く持たなければいけない。自分自身は神の子であり宇宙の無限の創造力と一体である。ここに神の力によって人類が生まれた日のごとく私たちは神の力を自分自身の中に再現しなければいけない。だからこそ消極的な考え方、自分はできないかなぁと言う不安心を私たちは神様から与えられた力強い力で神通力ではねのけていかなければいけない。神はあなたのとなりで肩を叩く、あなたは一歩前にあゆむだけなのである。

令和2年7月14日のお示し
六六六 みろくの神 行き詰まったときには恐れることなかれ、神の子の世界には本来行き詰まることのような事は無いのである。つまりは行き詰まったようになるのは自分自身の心の中で神の子である自分と父なる大いなる神様との間に不調和が生まれることである。波長が合わないことからくる行き詰まりなのである。改めて神の子は父なる神への祈りを捧げる必要がある。次のごとくである誠の神はすべてであり、神様の存在は調和である。そして完全で絶対神である。だからこそ不調和は出来事として存在しない。私たちの周りにある行き詰まると言う不調和は今一度私たちが神の子である実感を持つことですぐに晴れる事柄である。恐れることなかれ心配はいらない。神の子は完全に自由であるからいかなる境遇も縛られる事は無い。つまりは行き詰まると言うことを考える必要がないのである。前にひたすら進む力を私たちは生まれながらに神の子として備わっているのである。これをうたがうことなかれ。

令和2年7月14日のお示し
六六六 みろくの神 本日の神の御言葉。ヒト 人間があって国が生まれたのではないのである。神の国に生まれいでたる日本人はよく聞くべきである。植物があって地面ができたのではない、地面があって植物が生えるように私たちは国の命から生まれ出た命なのである。この日本と言う国を大切にせずにはいられない宿命である。日本人は皆、日本の国から生まれた兄弟姉妹であるからすべて神の子である。みんなが互いに仲良く日本の国を守るのである。日本は神の国神国と言われる所以である。天皇制があるから神の国と言うわけではないのである。日本人全てが神の国に生きて、そして神の子であることを再度自覚すべきであります。

令和2年7月13日のお示し
六六六 みろくの神 みろくの神は無限の知恵であり、愛の真髄である。それは人の幸せを祈る心であります。まさに祈り合わせの起源はここにあるのであります。人が幸せになれるように何かの助けてをしてあげるのが愛であります。人を助けるとは善行であります。祈り合わせは善行であります。しかしここでみろくの六ろく は悪人や不条理を許しません。だからこそ呪いがあり助けの意味での呪い返しをはねのける力があるのです。なぜかそれは迷える者がたくさんいることを神は知っているからであります。そして一緒に涙を流し、一緒に祈りそして一緒に片手に鉄槌を持ち、祈るもの皆の力を持って悪の上に鉄槌を容赦なく振り下ろす。人は道徳にそむいていると批判されるかもしれない。私たちは道徳以上に信ずる者の涙を拭くハンカチを私たちは与えるのである。人は言うだろうそれが神のやることかと、それは違う、いのりあわせて不条理を正すのである。絶対力はここに現れる。ただここに権限される神の子であるあなたのみに言えることである。神に気づかない神を受け入れない人には神通力は現れないのである

令和2年7月12日のお示し
六六六 みろくの神 神との一体感がある祈りが大切であります。神は全てであります。神は至る所に満ち満ちているのであります。私たちは信じるが故に神様にすっぽりと包み込まれている存在なのです。私は神の中に生きているのであります。神は私の中に生きているのであります。私の命自体が神の命なのです。それはひとえに私たちが神の子である証拠なのです。仏に葬られても良いのでしょうか?神なき教えに従って死後の世界に迷っても良いのでしょうか?六六六 みろくの神との出会いそれは因縁によるものです。邪魔をする神のいたずらであったり、今あなたの周りに存在する悪霊の仕業であったり、ときには私を罵倒することもあるかもしれません。それを乗り越えて今の信者の方々は存在しておられるのです。神はよく分かっておられます。

令和2年7月11日のお示し
六六六 みろくの神 私たちは神の子です神は太陽と現れて私たちがいつ目を覚まして仕事をしたり勉強したら良いかをお知らせたもうものであります。私たち神の子は父なる神様に早起きして祝福を受けるべきである。からだを清め、おのれの欲、にくしみあろうとも清きもののみ神に近づく努力をしたもののみ秘蔵の扉は開かれる。天国か地獄か?閻魔さまのご判断と言われるが、こんじんさまは閻魔さまに変幻されておる、だから直結なのである。悔い改めの特効薬はここにある

令和2年7月10日のお示し
六六六 みろくの神の生命が神の子であるわれらのからだに流れ入って私の生命は神様の生命となります。神様は全知全能で何でもできます。イエスが父なる神をたたえるごとく、神様の命の宿っている私はしようと思えば何でもできるはずなのです。だからしなければいけないものは何でも完全にやることができるのです。一番大切なのは、神からからだに流れてはいる神力を邪魔する魂がまわりにある。因縁。いんねんはあなたひとりが原因にあらず、神にすがれ、されば因縁撲滅により、神のひかりをからだに燈し。神の子のみずからに気づくであろう。神はそばにいる。いつもじっと じっと見ておるぞ

令和2年7月9日のお示し
六六六 みろくの神は∞無限の知恵である。六六六
 みろくの神は三位一体の絶対神なり、どんな問題でも間違いなく答える聖神なり、恐るることなかれ、前に道がある

令和2年7月7日のお示し
六六六の神は神の子であるいのりあわせを六の付く日に神をあがめ 賛美するものを助ける。しかし、自分の心も魂も体も勉強になり鍛錬なりをして訓練しなければいけない、この訓練と言うのは六六六のみろくの神の愛からきている。どんな場所にあなたが置かれてもどんなことを命じられても素直が一番、神との直流電力なるぞ 今のお仕事を感謝して丁寧親切に実行することも大切な修行である。


のろいがけに使用するひつじさるのこんじんさまを入魂いたしました御神体でございます。
陰の部分 夜の暗黒の神様 月神【憑き神】 満願成就をご祈願いたします。朝夕四拍手が幸運をひらく
大きさ 100✖︎70✖︎40mm
 御神体 一体 6,666円

祈り合わせに使用するうしとらのこんじんさまを入魂いたしました御神体でございます。
陽の部分 太陽神 昼間の晴天 聖なる光明の神様です。満願成就をご祈願いたします。朝夕四拍手が幸運をひらく
大きさ 100✖︎70✖︎40mm
 御神体 一体 6,666円

六のつく日は六六六 みろくの神のお祭りなり

六のつく日に信ずる豆人 願いかなえて幾たびぞ、恨みの叶え、幸さずけ、縁の赤ひもたちてこそ、なみだのもとをたちてこそ わがこんじんの名をぞたかむる。世にたたり神といわれても、わがちからこそ  この世 助くる。

稲荷堂 占い  お祓い

悩みごと、人間関係の改善、まわりにおこる不思議なできごと、自分が原因でなくても そうされる   されたことがあるかもしれません。むかしから、不思議は不可思議 理解できないこと   しかし 現代でも わたしたちのまわりにあるたましいの世界はなにも変わっていないのかもしれません。うつしよ  を現世 と書き、いまわたしたちがすんでいる世界。霊界をかくりよ 幽世と書き、死後の世界をいいます。変わりない世界と 変わりゆく世界。ひずみの中だからこそ、今、たくさんの悩みがあふれかえってるとおもいます。おきがるに運勢好転へのお道づけの 扉開きをおすすめいたします

666  みろくの月祭り  六の付く日の金神まつり

良いことをすれば、いただける御神徳は2倍になります。倍々づくしでまわりを明るくしてまいりましょう。

ここ最近、参拝してのご祈祷、御祈願を希望される方のお問い合わせが増えました。稲荷堂では神社の様に参拝していただいていちどだけお祈りをして問題が解決する様な事はありえないと理解しております。朝の礼拝夕方の礼拝、6のつく日の礼拝を繰り返すことによって御神徳が、得られるものと理解しております。在家で自らの責任を持って毎日お祈りする姿が大切であると教えています。これひとえに他力本願でひとまかせでは問題が解決しないと言うことなのです。稲荷堂の方から 6のつく日 六日祭  十六日祭  二十六日祭のご案内を定期的にさせていただきます。夜の11時に東北の方向に向かって4拍手でご祈祷をお願いしております。鬼門 艮方向に鬼神をいのり、悩みがある方が同時刻に同じ方向にお祈りをする祈り合わせの神業を行います。ぜひともご自宅でご参加ください。神社、寺院のような金銭をともないませんので、ご好意の浄財のみで運営しております。それもこんじんさまは好ききらいがはげしく、すべてをみるのでご縁が切れる方も正直、たくさんおられます。これもこんじんさまお道づけです。毎日ご祈祷を朝6時 夜11時に二回いのり、6のつく日  夜11時から六日祭、在家にて祈り合わせのご祈祷をみなさんと行います。また訪問して、先祖さわりの解消、精神のさわりをとるのは昼間に参りますが、こんじんさまを一時的に信じるのでは効果は薄いです。道はつくる、道をひく、努力あってのお道づけとなり、御祈願者の御魂磨き みたまみがき  自分のあり方を変えていくことからこんじんさまとのつながりが深くなってきます。善行ひとつに 2倍の御神徳と申します。わたしも含めて永遠の課題です。拝

九尾の狐 艮の金神 未申の金神 三位一体の神 六六六 みろくの神

ここに 神さまの実相について、簡略にお話しいたします。一番上位が 天帝 といわれ 道教と同じ、神道では あめのみなかぬし といわれます。おつきの神は眷属神とよばれ、天狐 てんこ とよばれ、稲荷の八霊の最高位に座しています。稲荷堂に木彫りの神体が鎮座しておられます。二番の位置がうしとらのこんじん   とよばれ、北東の鬼門の鬼神です。眷属神はうしとらの九尾の金狐となります。本殿右側の火炎の中に伏せた状態で座しておられます。同じく二番の位置にひつじさるのこんじん とよばれ 南西の鬼門の鬼神となります。眷属神はひつじさるの九尾の金狐となり、本殿左側に火炎の中に座しておられます。神界での基本的な神の位置をご理解いただくようにお願いいたします。

なぜに成就をむかえぬか?

善行にて みたまみがきして、 こんじんさまによろこぶか?さにあらず、 こんじんさまはえんまにへんげして、下知して苦を子に与える?なぜか?たすけたトモ、知人にやさしさつたえても  それはわれよし ひとりじめのこころなかりしか、しかとみよ。たすけたヒトにこんじんさまに感謝のヒト火をともしたか?さもあるまい。いまがかわらぬ苦しみは悪のタネのみ身を開き、ひかりの玉はくもりとなりて、まえの見えない、迷い道。シカト聞け、こんじんさまにしたがわば、みずからみたまをみがくとも、他者たすけるのは こんじんのなせるわざとしれ、他者たすけるのは善行にて 倍、2倍となるは、こんじんさまのみわざなるとしらせるこてなるぞ。すえひろがりの大転回。大転換の導きはおみちづれをいのるただひとつのすがたにおみちびきすること。においがけ  のおつとめは、これまた鬼の子に生まれし宿命なり。いのりあい   とは  祈りの愛 であり、いのりの悪意にもなる 大切でまじめな修行なり、こころしてきけ。

稲荷堂 特別御祈願について


特別祈願として、丑の刻まいり、縁切り、呪詛、のろいがえし、憑依霊はずし、お炊き上げ、祈願、みがわり苦難避け  など願かけに関係して ご相談があればお気軽にご連絡ください。

わら人形を使ったのろいがけ神事  祈り合わせ

のろいがけは当方では祈り合わせの形を取ります、のろいがけの時には数名の同席する方を準備していただく必要がございます。うしのこくまいりをお考えのかたにも祈り合わせのために数名のご参加をお願いいたしております。

赤いひとがた 3体 666円
白いひとがた 3体 666円 
 上記は祈り合わせのときに神事を行います
たま取り神事 1体 6,666円 
 ただし、祈り合わせを通じて うしとらのこんじんさまとの神事をおこなう許しがあったときのみとさせていただいております。

関連サイト
https://www.enkiri5050.com/

朝拝夕拝六のみまつり  の祈りかた

こんじんさまへのおいのりの言葉

お祈りの方法は 一回軽く頭をまず下げます。2回深く頭を下げます。4回柏手をパチパチと打ちます。かけまくもあやにかしこき   うしとらのこんじん    ひつじさるのこんじん まもりたまえ  さきはえたまえ。「おねがいごとをくちの中で声をだざずにおねがいごとをします。」かんながらたまちはえませ かんながらたまちはえませ   4回柏手をパチパチと打ちます。一回深く頭を下げて  浅く一回頭を下げます。

こんじんさまの眷属神へのおいのりの言葉

一回浅く頭を下げて  二回深く頭を下げます。二拍手します。かけまくもあやにかしこき きゃうびのきつね大明神  いなりのはちれいの大神   はっぴゃくや たぬき  まぼうだいみょうじん  まもりたまえ  さいはえたまえ。おねがいごとをくちの中で声をだざずにおねがいごとをします。」
かんながらたまちはえませ  かんながらたまちはえませ
二拍手
一回深く頭を下げて、一回浅く頭を下げます。

ご先祖さまへのおいのりの言葉

一回浅く頭を下げて  二回深く頭を下げます二拍手
これかみどこにます。「◯◯家のとおつみおやのかみ  まもりたまえ  さきはえたまえ」
おねがいごとをくちの中で声をだざずにいいます。二拍手  深く頭を一回さげる  浅く頭を一回さげる

最後にひとこと
ありがとうございます  よろしくお願いします と言って終わり

となります。大きく3つのまとまりのある神様にお祈りをいたします。ご祈祷の仕方を教えてくださいと多数の問い合わせがございました。一応のモデルでございますが、簡略に神様の名前を省略しても大丈夫です。毎日お祈りすることが意味がございます。ご参考にしてください。

縁切専用炊き上げひとがた

男女の間のこじれた関係、縁切をこんじんさまのお力で炊き上げて原因となる性根を叩き直して、悪霊にいじられない強い神様のみちびきをいただきましょう。

好評につき、残り部数3枚セット物で、在庫がなくなりそうです。3枚セットで1000円となります。

powered by crayon(クレヨン)